世界一インターネット接続が速い国ニッポンの光と影
Diggに国別ブロードバンドの平均速度というグラフが載っていました。
これを見ると日本は圧倒的に世界一です。しかし、その中身はというと、そう楽観的なものではありません。
数年前にYahoo!BBが格安ブロードバンドを提供し始めて以来、NTTとの熾烈な競争を繰り広げた結果、日本はとても安く高速なインターネット接続環境が普及した国になりました。
しかし、そこには無理をしすぎたツケというのが貯っているのです。詳細は以下から。
上のグラフ(クリックで拡大)を見てわかる通り、日本のブロードバンド接続の平均は60Mbpsという値になっています。これはBフレッツやYahoo!BB光などの最大100Mbpsのサービス加入者が多いためでしょう。
ただし、100Mbpsというのは理論値で、実際は20〜40Mbps程度しか出ない事が多いようです。
しかし、それでも他国はほとんどが最大10Mbps以下のサービスです。これは当然理論値ですから、実際には5Mbpsも出ないことがほとんどでしょう。
例えばインターネットで音楽を配布するとき一般的なMP3という形式だと、5分程度の曲はだいたい5MBくらいのファイルサイズになります。5Mbpsという速度だと、1曲をおよそ8秒程度でダウンロードできます。
それが40Mbpsとなると8倍の速度ですから、1秒でダウンロードできてしまうわけです。
音楽だとたいした違いには感じないかもしれませんが、映画になるともっと差がでます。
インターネットで映画を見る場合、DVD品質だと4〜10Mbpsくらいの速度が必要になります。5Mbpsでは見れない場合もあります。10Mbpsならなんとか見れるでしょう。でも家族2人が同時に見たらもう見れなくなります。
40Mbpsなら、1つの家庭で4人くらいが同時にDVD品質の映画を余裕で楽しめます。
いかに日本が高速な回線を使ってるかわかりますね。
しかし、このあまりに速すぎる日本の回線が、いくつもの問題を抱えている事も事実です。
1. 上流が速すぎる
インターネットの接続は、上流と下流のふたつがあります。上流は「アップロード」とも言われ、インターネットにあるサーバなどに「このページをちょうだい」とか「この動画をちょうだい」とかいうリクエストを送るのに使われます。下流は「ダウンロード」とも言われ、上流で送ったリクエストの結果、実際のページや動画などをパソコンなどに転送するのに使われます。普通接続速度と言うとこのダウンロードの速度を言います。
このようにサーバにリクエストを送り、パソコンなどに実際のデータを持ってくる方式を「C/Sモデル(クライアントサーバモデル)」と言います。
インターネットのほとんどの通信はこのC/Sモデルであるため、上流回線は遅くても下流回線が速いADSLでインターネットに接続する人が多く、実際これで十分です。日本ですとNTTのフレッツADSLや、ソフトバンクのYahoo!BBなどが代表的なADSLサービスです。
ただ、ADSLは基地局から離れた場所では不安定で接続できない事なども多く、NTTを中心に光ケーブルでのインターネット接続FTTHを推進して来ました。先述のBフレッツやYahoo!BB光などがそれにあたります。
しかし、光ケーブルでの接続はADSLと違い、上流も下流も同じ速度が出ます。実はこれが大きな問題になっています。
1.1. P2Pファイル共有ソフトが帯域を食いつぶす
日本でも海外でも、P2Pファイル共有ソフトはヘビーなインターネットユーザーの間で人気があります。これはユーザー同士が音楽や映画を共有しあうソフトウェアで、そのほとんどが著作権者に許可を得てない違法なコンテンツです。ニュースなどでよく報道されるWinnyも、P2Pファイル共有ソフトのひとつです。
P2Pというのはさきほど説明したC/Sモデルとは違い、パソコン同士が直接通信します。音楽や映画を、パソコンからパソコンへ直接転送するのです。
ということは、C/Sモデルではリクエストくらいにしか使ってなかった上流回線に大量のデータが流れる事になります。
インターネット接続サービスを提供する企業は、今までは下流に注意を払っていればよかったのに、今では上流の帯域もどんどん増やしていかなくてはならなくなりました。特に光ケーブル接続が普及している日本では、上流も下流と同じ速度が出ますから、P2Pで通信するのに最適すぎるんですね。
結果、日本のインターネット接続サービス会社は、ものすごい設備投資負担を強いられる事になりました。それではとても儲からないので、今ではどんどん規制して通信量を減らそうと努力しています。
中でもDTIなどは、10月から上流の転送量が一定量を越えたら通信を止めるという規制を発表するなど、かなりラジカルな対策を取っています(参考:DTIの帯域制御は「本当に」アップロードだけ?)。
海外でも一部で規制が始まってるようですが、上流速度のさほど速くない日本以外では、あまり問題にならない部分でしょうね。
2. インフラが追いつかない
今日本で最もホットな動画サイトといえば、ニコニコ動画であることに異論を挟む余地は無いでしょう。
しかし、あまりに人気がありすぎて、ユーザー数制限をしてるにもかかわらず、回線費用で赤字が続いています。404 Blog Not Foundの記事では、月2500万円じゃ、回線代さえまかなえないのだ
と述べられています。
対してアメリカで大人気の動画サイトYouTubeは、Forbesの記事によれば月に100万ドル(およそ1億2000万円)と言われてるそうです。
しかし、ニコニコ動画はお金が無いというだけの理由で回線増強ができないのではありません。YouTubeへの“輸出”も──ひろゆき氏が語る「ニコニコ動画」の今 (2/2)という記事では、こう述べられています。
今20Gbpsの回線を使っていて、月末には30Gbpsまで拡張するのですが、もう「お金払えばできる」という次元じゃなくなってきています。うちが帯域をドーンと使うと他のユーザーが他のサイト見られなくなっちゃう、という事態になりうる。各プロバイダと調整した上で回線を開くという話になってしまっています。
ニコニコ動画の月額の回線費用は月2500万円以上とはいえ、まだ1億円には達してないでしょう。このページの前ページに当たるYouTubeへの“輸出”も──ひろゆき氏が語る「ニコニコ動画」の今 (1/2)では、独自の動画サーバやインフラを確保したため、年間の運営コストは「年末ジャンボ宝くじレベル」に跳ね上がった
と書かれています。つまり年間で3億円程度。今は50Gbpsまで拡張したそうですが、それでもいきなり4倍以上のコストになったりはしないでしょう。
これがどういうことかというと、要するに日本ではまだYouTubeクラスのコストをかけたインフラが作れないということです。ニコニコ動画やYouTubeを受け入れるだけの、サーバ側の回線が用意できない。
ここでもう一度例のグラフを見てみましょう。
日本は世界一インターネット接続の速い国です。ですが、それはあくまでクライアント側、家庭側の接続の話。
サーバ側の回線、インフラはは、アメリカのほうがずっと進んでいるのです。
3. 安すぎる接続費用
こうした問題は、Yahoo!BBとNTTの熾烈な価格競争にも原因があります。お互い少しでも安く速い回線を家庭に届けるため、あまりに熾烈すぎる競争をしてきました。
おかげで日本は世界一速いネット接続が格安でできるようになりました。
その反面、回線業者にお金がまわらない国になってしまいました。
思えばP2Pでの規制も、そのコストが負担できないというのが理由でしょう。
安いものにはわけがある。安い回線を得た代わりに、我々が失ったものとはなんでしょうか。
それは規制されないネットであったり、ニコニコ動画のようなサービスの拡大であったり、他にもまだあるかもしれません。
4. 日本のインターネットはアンバランス
Diggのコメントには、日本を羨む声がいくつもありました。
60MbpsってオレのUSBドライブより早いじゃないか!
すげえ、オレ日本に移住するわ
くっそ……日本に住んでたらエロ動画いっぱい見れんのに
日本はいつでも最高のオモチャを持ってんなあ
うらやましく見えるのもわかります。でも、日本にはYouTubeに匹敵する動画サイトを作るだけの力は無いのです。
どれだけすごいタイヤをはいた車でも、エンジンがしょぼかったら速く走れませんよね。日本のインターネットは、そんなすごいタイヤをはいたしょぼいエンジンの車のような、アンバランスなものではないでしょうか。
この事を知っても、まだうらやましいと思ってもらえるでしょうか。
追記
はてなブックマークでたくさんコメントを頂いたので、ちょっと追記しておきます。コメントをくださったみなさん、ブックマークしてくださったみなさん、本当にありがとうございます。
YouTubeに匹敵する動画サイトを作れない理由は、2節で述べたとおりです。ニコニコ動画も会員数制限無しになればYouTubeに匹敵する規模になるかもしれませんが、それを受け入れる土壌が無いというお話です。
CDN(負荷分散技術のひとつです)を使えばいいというコメントを寄せてくださった方もいらっしゃいますが、ニコニコ動画はすでにCDNを採用しています。
サーバをアメリカに持って行けばいいという意見もありました。2ちゃんねるなどはそうしてますね。しかし、アメリカへの接続も日本国内の回線を通っていくわけです。単純にサーバをアメリカに持って行くだけで解決するなら、とっくにそうしてる事でしょう。
この度はみなさん、貴重なご意見本当にありがとうございました。今後ともよろしくお願いします。また何かありましたら、追記するかもしれません。