情報格差──これから始まろうとしている本当の格差社会
ここ数年、新聞やテレビで格差社会という言葉をよく見るようになりました。実際、経済格差はけっこう広がりつつあります。富める者はますます富めるようになり、貧しい者はますます貧しくなる。それが格差社会です。
しかし、格差があるとはいってもそれなりに食べてはいけますし、共働きならどうにか子供の一人くらいは育てられるくらいは稼げたりします。
……今ならば。
数十年後、いや、あるいは数年後かもしれません。その「食べていける」というレベルの格差すら生ぬるい、本当の格差社会がやってくるかもしれません。
これを一言でいうなら、「情報格差」です。それを以下より解説します。
ググれる人、ググれない人
「ググる」子供と、「ググれない」子供という記事が、夏休みの終りに話題を賑わせました。小学6年生の娘がインターネットを活用して学習を進めて行く様を描きながら、インターネットを活用できる子供とできない子供の「貧富の差」を訴える記事です。
もちろんネットの情報だけではどうしても浅くなりがちですから、本にあたる事も重要でしょう。しかし、その本にあたろうとして挫折する子供が多いのも事実です。はずれの本を引いてしまって結局わからない、という事も少なくありません。それは大人にもよくある事です。
本を読む前の予習、あるいはどの本を読むかという前段階として、インターネットを活用するというのは、今後ますます重要になっていくでしょう。
いえ、すでに重要になっています。
インターネットは「高速道路」
インターネットの普及がもたらした学習の高速道路と大渋滞という記事があります。この「高速道路」の比喩は将棋名人の羽生善治さんによるもので、インターネットと情報技術(IT)の活用で、プロの一歩手前程度の所までは、高速道路に乗ったかのようにあっという間に辿り着ける、という話です。
実際に将棋の世界では、プロの弱い人よりは強いアマチュアが、この高速道路によって山のように誕生してるそうです。
一般の仕事の世界でも、この高速道路の活用が差を広げてる場面もあります。
パソコンを使って仕事をする以上、その使い方やちょっとしたTIPSの類を知ってるかどうかで生産性に大幅な影響が出ます。解説書を手に入れるにも、以前は書店に注文して2週間待たされたようなものが、ネットの通販に頼めば下手すると翌日には手に入ります。
こうしたネットを活用することによる学習の超効率化が実現するにつれ、ネットとパソコンを使える人間と使えない人間との差が、とんでもなく広がり始めています。
Web 2.0 vs マスメディア
ひところ、「Web 2.0」という言葉がネットを賑わせました。2000年頃までニュースを賑わせたいわゆるドットコム企業たちとはまた少し違った、新しいサービスたちを総称した言葉です。
代表的なのがGoogleで、「どのページがたくさんリンクされてるか」を基準に検索順位を入れ換える仕組みを用いました。
del.icio.usやはてなブックマークのようなソーシャル・ブックマーク・サービスと呼ばれる、みんなのブックマーク(ブラウザによっては「お気に入り」という名前になってます)を共有してどのページが人気があるかがわかるようにしたサービスも活況です。
似たような仕組みで、diggやnewsingのようなソーシャル・ニュースも海外では大人気です。日本では2ちゃんねるのニュース速報+板が似たような役割を果たしています。
共通してるのは、「みんながいいと思うものはいい」という理念に基づいてるということです。ユーザーが作るコンテンツ、という意味でCGM(Consumer Generated Media)とも言われます。
少し頭のいい人は、これを聞くと「そんなの衆愚になるに決まってる」と言います。実際そういう面もありますが、実際に動いてるサービスを見てみると、これが案外いい結果を出してくれるのです。思うよりも「みんな」という存在は悪くない事がわかります。
マスメディアだけでは踊らされるだけ
さて、そのような「みんな」が作るメディアとして、Web 2.0系のサービスはおおいに賑わっています。まだ日本ではアーリーアダプタと呼ばれるいわゆる「新しい物好き」な人たちが中心ですが、徐々にWeb 2.0サービスを利用する人は増えていっています。
ブログ(Weblog)などはその最たるもので、日本には400万からのブログがあると言われています。そのブログの中には、実に専門性の高いものもあり、専門家たちが集まるコミュニティを作ってる部分もあります。
そうしたものをウォッチしているソーシャルブックマーク利用者たちが、その存在をみんなに教えてくれます。彼らがブックマークしたブログの記事は、たとえばはてなブックマークの人気エントリーに入って来ます。
そうすると、そういった専門家たちの記事をみんなが読むことになります。
さて、ここで問題です。「専門家が書いた記事」と「マスコミの記者が書いた記事」、どちらが正確でしょうか?
答えは言うまでもありません。
実例をあげましょう。
日本女子大、違法動画を見つけ出すソフト開発・著作権管理に応用という日経新聞の記事があります。ここに書かれてる事で重要なのは以下です。
10分程度の動画の場合、ユーチューブのサイト上の動画すべてを調べるのにかかる時間は十数秒程度。サーバーを増強すればさらに高速になるという。
これに対し、高負荷ウェブサービスである2ちゃんねるを長年運営しているひろゆき氏は、自身のブログでこう書いています。
そんなわけで、新聞社がIT詐欺の片棒をかつぐという珍しい例を見かけたので、 記録しておきます。
(中略)
単純に計算するとして、1ファイルが10Mbytesだったとしても、 転送すべき量は500000Gbytesです。
10数秒で転送するとのことなので、10秒で計算すると、 1秒間に50000Gbpsの転送速度が必要なわけです。
さて、日本全体のインターネットの転送量ってのは、 総務省の試算によると、約720Gbpsだそうです。 http://www.rbbtoday.com/news/20070822/44309.html
この程度のことは、ひろゆき氏でなくても情報技術にちょっと詳しい人間ならすぐ気付きます。しかし、日経新聞の記者は気付かず記事にしてしまったわけです。今回は大学ですから大した影響は無いかもしれませんが、これが株式を公開してる企業だったらどうなるでしょうか?
ネットを見てない人はこの事を知らず、株を買ってしまったかもしれません。将来価値が出るからと言われて何か商品を買ってしまったかもしれません。
でもネットを見てればありえない話だとわかります。
もうひとつ実例をあげましょう。
みなさんは「野良妊婦」という言葉をご存じでしょうか? 野良妊婦の恐怖という記事で紹介された言葉で、このブログは現役の医師が運営しているようです。
この記事は人気ブログ天漢日乗で紹介され、その恐るべき実体と共におおいに話題になりました。
曰く、妊娠してもかかりつけの医者を持たない妊婦が増えている、唐突に産婦人科にやってきてお金も払わず逃げていく。ひどいのになると産んだ子供を置いて逃げる……。それが産婦人科を持つ医療機関を脅かしている「野良妊婦」です。野良妊婦は少なからず存在し、病院の経営を圧迫しつつあります。
さて、その知識を持った上で、産経新聞の【主張】妊婦たらい回し また義務忘れた医師たちという記事を読んでみてください。
野良妊婦問題にはまったく触れられていません。現場を知る医師だからこそ知る事のできる情報だということです。その医師だけが持つ情報は、ネットを伝って我々の所まで届いています。しかしネットを使ってない人には届きません。
この記事には、現役の別の医師から以下のような反論が存在し、これもまたはてなブックマークで人気エントリに入っていました。
この記事を読めば、産経新聞が「義務忘れた医師」と読んでいる現場のスタッフがいかに命を削って働いてるかがわかります。以下に一部を引用してみましょう。
ここに書かれている状態が忙しいかどうかですが、「忙しい」なんてものではありません。ちなみに、
- 「普通に忙しい」なら陣痛と破水の患者を緊急入院させ分娩させるレベルです。
- 「かなり忙しい」は胎盤早期剥離で緊急帝王切開を行うレベルです。
- 「猛烈に忙しい」は分娩後の大量出血の処置に当たる事です。
私は小児科医なので、この忙しいのレベル分けが産科医の感覚とずれていたら「是非」ご訂正ください。この夜は、忙しいの3段階レベルが団体さんで訪れていますので、「忙しい」を越えて「地獄の一夜」と表現しても足りないかと思います。そのうえ、この地獄の一夜を過ごした当直医2名は、
当直者2名は一睡もしないまま、1名は外来など通常業務につき、他1名は代務先の医療機関において24時間勤務に従事
これだけ働いてる人間を、産経新聞は「義務忘れた医師」と叩いているのです。その事に産経新聞自身も気付いてないのでしょう。ですが、ネットユーザーにはわかるのです。こんな記事が人気エントリにあがってくるのですから、嫌でも目に入ります。
しかし新聞社ですらわからないことを、ネットも見ない人がわかるはずありません。こうして間違った世論が形成され、それが政治に反映されていく……。そうしたことを我々はいったい何十年、いや何百年続けて来たのでしょうか?
しかし今はネットがあります。ネットを見ていれば、新聞社が従来の取材では入手できないような情報も、自然と手に入るのです。
昔の人は「テレビや漫画ばかり見てるとバカになる」と言いました。今はこう言うべきでしょう。
テレビや新聞ばかり見てるとバカになる
教育もウェブ化する未来
インターネットの「高速道路」とマスコミも手に入らない情報を引き出すはてなブックマークなどの「ソーシャルメディア」。これらにより、インターネットユーザーの情報吸収力は従来の人間の何倍にもなりました。
また、昔は議論の相手を探すのも難しい事でしたが、今では掲示板やブログやチャットで嫌というほど議論できます。以前の何倍もの情報吸収力をベースにさらに議論の経験値もけた違いにあがっているのです。
こうしてインターネットユーザーは、普通の人よりも広い知識と深い知見を蓄えていきつつあります。ベテラン主婦より2ちゃんねるの既婚女性板や生活板、育児板などを巡回している若い主婦のほうが優秀だなんて話も聞きます。
ネットは人間の学習速度を飛躍的にアップさせる。これはもはや真理です。
さて、この学習速度の速さが教育に応用されたらどうなるでしょうか?
新しい時代の教育に、学校は要らない
子供の学習速度は、大人より断然速いです。親が毎日のようにパソコンを使っている家庭では、2〜3歳の子供がパソコンを正常終了させるくらいの事ができると言われています。
そうして小さい頃からパソコンとインターネットに慣れ親しんだ子供は、空気を吸うようにインターネットから情報を引き出し、身につけて行く事でしょう。
そのうち体系化された知識も、ネットを見てるうちに身につくようになるでしょう。学習用のサイトがいくつも乱立する時代が、たぶんすぐそこまで迫っています。
そしてネットを利用できる子供たちは、学校で教わることよりも深くて広い知識をネットを通して身につけて行くでしょう。
そうなれば、学校や教師は必要無くなります。少なくとも義務教育レベル、もしかしたら高校レベルの知識は、10歳程度までに身につけてしまうかもしれません。大学の一般教養レベルにも達する可能性すらあります。
そうした学習サイトは広告モデルによって運営され、利用者は無料で使える事でしょう。パソコンが使えてインターネットに繋げられれば、誰でもそれ以上のお金もかけずに、高速道路にのってあっという間に広い知識と深い知見を蓄えられるようになる。
そう、今の格差社会は経済の格差です。しかし、これからはパソコンとインターネットを使えるかどうかという、それだけの格差になる可能性が高いのです。
かくして本当の格差社会が始まる
さて、ここまで読んでひとつ疑問に思うことは無いでしょうか?
さきほど「パソコンとインターネットを使えるかどうか」という格差の話をしました。しかし、インターネットに繋げられるのはパソコンだけではありません。
20代を中心に、携帯電話向けのウェブサイトが大人気です。パソコンとインターネットでできるなら、携帯電話とインターネットでも構わないのではないか。そう考える人がいてもおかしくありません。
しかし、それは間違いです。携帯電話ではパソコンほどの速度では学習が進みません。
なぜなら画面があまりに小さい。同時に複数の画面を見ることができない。パソコンなら大きな画面と分割されたウィンドウにわけて、動画を見ながら議論したり、ブログを書きながら資料を探したりが簡単にできます。携帯電話ではそこまでのことはできませんし、あの大きさである以上は将来的にも無理でしょう。
また、文章を書く速度にも差が出ます。携帯電話の予測変換を活用して、そこらのパソコンユーザーよりずっと速く携帯電話で文章を書く若者もいますが、しょせんキー十数個の世界です。最低でも60個あり、10本の指をフルに使えるパソコンのキーボードには絶対的にかないません。
しかし、携帯電話に「悪慣れ」してしまった世代には、パソコンはいつまでたっても使いにくいものでしかありません。それを乗り越えるには、相当の努力がいります。
携帯ネット万能の世の中は、いつまでも続かない!んじゃないかな・・・という記事によれば、パソコンが使えないのは20代だけ。10代は学校で教えてることもあって普通に使える人が多いようです。
また、その記事で紹介されてるネットレイティングス社の調査では、ネットユーザーの半分は30代と40代で増加傾向、10代以下と50代、60代は微増傾向であるのに、20代だけが急激な減少傾向にあります。
これはインターネットの中心世代である30代、40代の子供たちが、親を見て普通にパソコンでインターネットを使っているのに対し、20代は「ケータイ世代」で、パソコン離れが激しいことを示すのだと思われます。
さて、この20代のケータイ世代が親になったとき、今の子供たちよりパソコンをを使える子供を育てられるでしょうか?
ここに本当の格差社会が産まれます。
パソコンでインターネットが使える人、携帯電話しか使えない人との間に、猛烈な情報格差が産まれます。その情報格差はそのまま学習や仕事の成績に直結するようになるでしょう。
つまりは経済格差に繋がるわけです。
どれだけ裕福な家に産まれた子供でも、パソコンとインターネットが使えなければ学習も仕事も使える人よりうまくいかない。そんな時代がやってくる可能性が高いわけです。
これは何もこれから生まれて来る子供たちだけの話ではありません。今でも着実に、パソコンとインターネットが使える人と使えない人の格差が広がり始めてるのです。新聞しか読まない経験豊富な50代より、ネットを見る若手の30代のほうが優秀な判断を下せる可能性すら高い。携帯電話に悪慣れしてしまった今の20代、ケータイ世代が、一番不幸な事になるかもしれません。
新しい時代のリーダー
パソコンとインターネットが使える、ベテラン主婦より優秀な若手主婦の話を前に出しました。それは主婦業だけの話ではないでしょう。
どれだけ経験を積んでも、人間の時間には限りがあります。その限りある時間をインターネットという高速道路を活用して効率的に学習してきた世代と、インターネットが無かった時代に学習して来た世代。その両者には深い溝が生まれています。
読売グループの総力あげて麻生を潰すとナベツネは言ったという記事では、やはり50代以上の多い自民党議員がマスコミに踊らされて福田支持に動いた、という事が書かれています。ネットを見てないがために、このような指摘にも彼らは触れることができません。
こんな時代に必要なのは、ベテランの50代60代のリーダーではありません。
30代、40代の、パソコンでインターネットが使えて、高速道路に乗って圧倒的な速度で学習できるリーダーでなくては、時代には追い付けない。
そのようなリーダーを擁することができるかどうか、そこでも組織の格差が生まれ、どの組織に所属したかによる大きな大きな格差社会が待ち受けているのです。