2007年10月23日 00:00

オープンソースの考え方が世界を変革する

 
オープンソースの光

「オープンソース」というのをご存じでしょうか。数年前に流行後大賞にもノミネートされた言葉で、実際2000年ごろから、IT業界ではとても話題になった単語です。

オープンソースで書かれたソフトウェアには、携帯電話や格安パソコン、エレベータやカーナビの制御に使われてるLinuxや、今やモダンブラウザの中ではトップシェアを誇るFirefox、Microsoft Officeの代替ソフトであるOpenOffice.orgなどなど、高性能なソフトウェアがたくさん存在します。

これらのソフトウェアは、みな無料で使え、「ソースコード」と呼ばれるプログラマが実際にプログラミングをしたままの形式で入手することができます。これは改造や流用が用意なことを意味します。

オープンソースのソフトウェアはそれこそ星の数ほどあり、それらはGoogle躍進の源動力となったり、銀行システムに使われるようになったり、WindowsやMac OS Xといったパソコン用OSに流用されたりしています。

かつてWeb 2.0と呼ばれたような、ウェブを変革するほどの新しくて無料で使えるサービス群たちも、このオープンソースが源動力となり、そのサービスにも「オープンソースの考え方」が反映されているものがとても多いのです。

さて、このようなソフトウェアは、誰が何のために書いてるのでしょうか? そしてオープンソースとはいったいなんなのでしょうか?

それをひもとくには、実に40年の月日をさかのぼる必要があります。詳細は「続きを読む」からどうぞ。

UNIXの誕生

オープンソースの源流を辿ると、必らずUNIXというOSに出会います。UNIXは1969年、AT&Tのベル研究所で生まれたOSで、当時生まれはじめたミニコンという、それまでの巨大なコンピュータに比べれば遥かに小さな、しかし冷蔵庫くらいあるコンピュータ用のOSとして開発されました。

UNIXは巨大な電話会社であるAT&T(日本でいうNTTですね)が、当時は独占禁止法の制限によりコンピュータ産業に参入できなかったため、研究所や大学等の教育機関に、実費で配布されていました。

当時のコンピュータはものによって仕組みも仕様もバラバラで、UNIXを動かすためにはソースコードに修正を加えて、自分たちのコンピュータで動くように改造しなくてはなりませんでした。

中でもカルフォルニア大学バークレー校で開発されたUNIXへの修正やUNIX用のツール類を総称し、BSD(Berkeley Software Distribution)と呼ばれ、BSDを含むUNIXをBSD UNIXと呼んでいました。

インターネットの誕生

時を同じくして1969年、アメリカでは核攻撃を受けても破綻しないネットワークを構築しようという動きがあり、今現在のインターネットの原型でもあるARPANETの運用が開始されました。

このARPANETに、UNIXが接続されるようになります。

1980年代に入ると先述のBSD UNIXにTCP/IP機能が実装されます。これはARPANETを運用していたDARPAからの依頼で、その後UNIXの標準通信プロトコルとしてTCP/IPが採用されて行くことになります。

TCP/IPは今のインターネットの通信そのもので、いまこうして文書や画像があなたの元に送られて来ているのも、このTCP/IPによるものです。

そう、今のインターネットはここからはじまったと言っても過言ではありません。

ソフトウェア著作権

1980年代は、ふたつの大きな事件がありました。

ひとつはAT&Tが分割され、コンピュータ産業に参入できるようになったこと。もうひとつは、ソフトウェアに著作権が認められたことです。

それまでソフトウェアはいわばハードウェアのオマケみたいな扱いで、誰が書いたソフトウェアを誰が使い誰が再配布しても文句を言われることはありませんでした。

ソフトウェアやコンピュータの利用者も研究者がほとんどでしたので、ソフトウェアを書く事が本業ではなかったというのもあるでしょう。

むしろ開発者側もいちいち修正を自分でやるほど暇ではなかったですし、お金を取っていたわけでもないので、ユーザー側の修正に任せていたのでしょうね。そういった修正のノウハウはインターネットを通してユーザーの間で共有されることも少なくなかったようです。

UNIXユーザーにとって、「ソースコードが手に入って」、問題があれば「自分で修正し」、「それを他の困ってるユーザーにあげる」というのはごくごくあたりまえの事でした。

しかし、AT&Tがコンピュータ産業に参入し、ソフトウェアに著作権が認められたことで、AT&TはUNIXの権利を主張し、独占販売へと動きだします。BSD UNIXもAT&Tのライセンスを取得し、UNIXのバリエーションのひとつとして配布されるようになります。

これに当時のUNIXユーザーたちは反感を覚えました。

これでは今までどおり、自分たちでソフトウェアを修正できなくなる。困ってる人にソースコードをあげて助ける事が違法にされてしまう。

それは、今まで普通にやって来たことが犯罪になるということでした。

GNUとBSD

そんな中で重要な行動を起こした人物が、マサチューセッツ工科大学で人工知能を研究していたリチャード・ストールマン、ミドルネームのMatthewとあわせ、rmsというログインネームで知られています。

ストールマンは自由に使えるUNIXを取りもどすため、UNIXをイチからすべて自分たちで作る事を決意しました。その名をGNUといい、GNUを作るGNUプロジェクトを開始、それを支援するためのフリーソフトウェア財団(FSF)を設立しました。

GNUプロジェクトは一定の成功をおさめ、「カーネル」と呼ばれるOSの中枢を担うソフトウェア以外の大部分を、本当に作ってしまいました。

中でも重要なのが、gcc(GNU C Compiler)です。これはプログラムのソースコードをコンピュータがわかる形式に変換する「コンパイラ」というプログラムです。この開発は非常に難しく、いまだ自由に使えるライセンスで実用的なコンパイラは、gcc以外に知られてません。

これらのソフトウェアはGPL(GNU Public License)というライセンスで提供され、改造も販売も再配布も好きなだけできることを保証しました。

また、BSD UNIXもAT&T由来のソースコードを徐々に取り除き、完全にBSDオリジナルのソースコードだけを残した4.4BSD-Liteという不完全なOSをリリースします。

LinuxとBSD

1991年、この年は「オープンソース」にとってエポックメイキングな事件が起こります。

フィンランドの大学生であったリーナス・トーバルズ氏が、研究のためにUNIX風の「カーネル」であるLinuxを作りました。これはインターネットで公表され、GNUの思想に共感するところのあったトーバルズ氏は、GNUと同じGPLでリリースしました。

そう、このLinuxが、GNUに足りなかった「カーネル」になり、GNU/Linuxという完全なひとつのOSを完成させることになりました。

また、4.4BSD-Liteも有志らの手により足りない部分が補完され、FreeBSDNetBSDとしてリリースされました。

これらは当時32bit化されて高性能になったパソコン上で動くことから、PC-UNIXと呼ばれるようになります。

インターネットとLinux

中でもLinuxは、ちょっと特別でした。

リーナス・トーバルズ氏が書いたLinuxは、やはり大学生が一人で書いたものだけあって、実を言うとそれほどいいものでもなく、上級者でなくてもあちこちほつれが見える、ずさんなものだったのです。

しかしそれがかえってLinuxを特別なものにしました。

ひどいできのLinuxをインターネットで見た世界中の凄腕プログラマーたちは、Linuxに対して「そこはそうじゃない」「ここはこうやるんだ」「あれが足りないじゃないか、いいよ俺が書く」といった感じで、いっせいに修正や改造を施しはじめたのです。

そうした変更をトーバルズ氏は、ありがたく頂戴し、どんどん次のバージョンのLinuxに取りこんでリリースしていきました。

それまでのソフトウェア開発というのは、少人数で開発するというのがセオリーで、僧侶が伽藍にこもるようにして書くのが普通でした。

ところがLinuxは、まるでバザールのように、インターネットを通して大人数でわいわいがやがやと開発を進めている。インターネットの発達により、Linuxの開発者総数は従来では考えられない程の人数になっていました。

そんなスタイルでソフトウェア開発ができるわけがない、みんなそう思ってました。

ところが、Linuxはどんどん洗練されていきます。世界中の凄腕プログラマーたちがいっせいに修正や改造を加え、みるみるうちに一級品のソフトウェアになっていったのです。

そしてついにはIBMなどの大企業までもが、Linuxの開発に参加し、自社製品へのLinux採用を決めるようになりました。

オープンソースの誕生

このLinuxの成功を見たエリック・レイモンドは、LinuxやBSDなどのフリーソフトウェアにビジネスモデルを付けた「オープンソース」という概念を発表します。オープンソース四部作と呼ばれる論文を発表し、その第3部である「魔法のおなべ」で「無料でソフトウェアを配布して利益を得る」方法を提示しました。

中でもわかりやすいフレーズが「レシピをまいて、レストランを開け」で、レシピをばらまいて(ソースコードを開示して)いても、実際に作った料理(ソフトウェアを使ったサービス)の味は他に負けなければいい、というモデルです。

そしてDebianフリーソフトウェアガイドラインをベースにオープンソースの定義が書かれ、何がオープンソースで何がオープンソースでないのかを明確にしました。

こうして「オープンソース」というブランド価値を確立し、昔ながらのUNIXユーザーたちのように、ソースコードを自分たちで修正し、ノウハウをわかちあうという、プログラマたちにとっては自然な行動をしながらも、ビジネスを成り立たせるための活動が大きく広がっていきました。

オープンソースビジネス

1994年ごろから、インターネットは個人利用向けにも解放され、爆発的なインターネット人口の増加が起こりました。無料でインターネットからダウンロードするだけで使えるPC-UNIXのユーザーも、爆発的に増えることになります。

また、この頃からPC-UNIXをインターネットのサーバとしてどんどん利用されるようになり、新興のIT企業がどんどんPC-UNIXでウェブサービスを公開するようになりました。

こうしてLinuxやFreeBSDたちはビジネスの場に自分たちの居場所を獲得し、それらの利益が開発資金にまわるようになっていきました。

ウェブブラウザのFirefoxは、Googleなどと提携し、内蔵の検索窓からYahoo!やGoogleへアクセスを誘導することで、検索エンジン運営企業から年間数十億円の報酬を受け取るようになりました。

その他にも、たくさんのオープンソースビジネスが生まれています。

そうしたオープンソース製品は、特に開発者側にとって便利なものでした。元々プログラマーたちの考え方だったオープンソースの概念は、開発者にとっても自然なものであり、その成果を享受して、特にウェブサービスの開発速度がぐんぐん向上し、また同時に開発コストも常識では考えられないほど安くなりました。

無料で使えて一部有料であるとか、広告だけで成り立たせるとか、開発コストが安いからこそ可能なビジネスモデルが、今のウェブを席巻しています。

これこそ古来よりのUNIXユーザーたちの「あたりまえ」をフリーソフトウェアやオープンソースが実現してきた成果であり、そうした考え方はサービスにも反映されています。

世界を変革するオープンソースのモデル

今のウェブサービスは、たいてい運営者も開発者も多かれ少なかれオープンソースに触れています。

大半のウェブサービスはPerl、Ruby、PHPといったオープンソースのプログラミング言語で作られていますし、そういったプログラムを駆動し、画像や文書や動画をユーザーのもとに届けるためのウェブサーバーというソフトウェアも、apacheというオープンソースのサーバーソフトウェアが使われる事がとても多いのです。

また、サーバ自身もGNU/LinuxやFreeBSDなどのPC-UNIX、つまりオープンソースのOSが使われてる事が大半です。

こうしてオープンソースの恵みに支えられてるためか、運営スタイルにもオープンソース的な考え方の片鱗が見えることがあります。

顕著なのがWikipediaで、オープンソース的な「文書の共有」がそこに見られますし、実際にWikipediaの文書はGNUが文書用に作成したGFDL(GNU Free Documentation License)でライセンスされています。

株式会社はてなのサービスはとても人気がありますが、日記のキーワードを共有し、みんなで編集するという点はオープンソースの香りがします。

そのはてなを一躍有名にしたはてなブックマークの元ネタであるdel.icio.usも、みんなのブックマークを共有するサービスですよね。

こういった「共有」と「利益」を両立させたり、改変や再配布を認めるようなオープンソース的な考え方は、ソフトウェア以外にも成立するようです。

たとえばニコニコ動画では、誰かが作った音楽に他の誰かが動画を付けたり、他人の動画をまぜこんで新しい動画を作ったりといったことが、あたりまえのように行われています。

こうしたリミックスやマッシュアップと呼ばれる手法は、オープンソース・ソフトウェアの開発にそっくりです。

フリーソフトウェア財団を作り、GNUプロジェクトを成功に導いたリチャード・ストールマンは、ソフトウェアを共有し、困ってる友達がいたらソフトウェアをコピーして助けてあげたり、改変して使いやすくしてあげたりするのが倫理的な行為だというような事を言っていました。

しかし実際にはソフトウェアのコピーは泥棒と同じ、とされています。

そういった矛盾を解決するのがオープンソースというビジネスモデルが確立されたフリーソフトウェアの考え方なわけです。

さあ、この考え方が音楽や映像の世界に浸透したらどうなるでしょうか?

先程も言ったように、ニコニコ動画などですでに活溌に音楽や動画の「オープンソース的」なやりとりがはじまっています。

今はまだ、権利のあるものを使っているものが多いようですが、BSDやLinuxがAT&Tのソースコードに頼らず自力で一級品のOSになったように、既存の著作物に頼らないフリーな動画や音楽が、たくさん生まれて来るかもしれません。

いえ、すでに生まれ始めています

今はまだGNUのように明確にフリーと決めたライセンスが音楽や映像にはありませんが、ユーザーが作った音楽や動画を共有するという行為自体はすでに起こっている事なのです。

大量の替え歌が作られたエアーマンが倒せないや、初音ミクオリジナル作品であるみくみくにしてあげるなどなど、すでに改変ものやリミックス、マッシュアップが大量にアップロードされ、作者自身もそれらを楽しんでるのか黙認しています。

ここにきちんとライセンスが明記されたら、もっともっとおもしろい事になるかもしれません。

そうした音楽や映像がインターネットに溢れたとき、世界はとんでもない変革を迎えるのではないでしょうか?

そう、オープンソースがIT業界に変革をもたらしたように。

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1. オープンソースな世界:歴史と将来  [ 永井孝尚のMM21 ]   2007年10月23日 12:43
「オープンソースの考え方が世界を変革する」という記事、秀逸ですね。コンパクトにオ
2.  改変の連鎖とニコニコパブリックライセンス  [ アンカテ(Uncategorizable Blog) ]   2007年10月23日 19:30
オープンソースの歴史を考える上で、GPLというライセンス文書の存在は極めて重要だと思います。そのGPLがオープンソースに果たした役割と、「初音ミク」現象においてGPLに相当するものは何か(仮称「ニコニコパブリックライセンス」)ということを考えてみました。 オープンソ
3. 【News】10月23日  [ 残虐な天使の涙 ]   2007年10月23日 22:43
※本日は管理人が体調不良のため縮小更新とさせていただきます。 もしかしたら2,3日そうなるかもしれません。申し訳ないです。 言い訳に聞こえるかもしれませんが冬に弱い管理人なのです。すいません。 【漫瀀
4. オープンソースが革命を起こす  [ Ewige++ ―ほぼゲーム情報― ]   2007年10月24日 20:05
オープンソースが世界を変える。非常に長い記事ですが…面白いです。「オープンソース」とは2000年くらいに話題になった言葉らしい。オープンソースじゃなくとも、新しいことは必要だよ。ネットでも、ゲームでも。
5. らばQ:オープンソースの考え方が世界を変革する  [ Placebo Effect ]   2008年09月03日 17:18
昨年の記事ですが、オープンソースの歴史についてコンパクトにまとめています。特に、1980年にソフトウェアの著作権が認められて、というあたりは意識していなかったなぁ。なお、残...
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