個人メディアが外食産業のビジネスモデルを破壊する

このところ、外食産業のアルバイト店員が書いたブログや日記が、相次いで話題になりました。
テラ豚丼事件を火蓋に、ケンタッキーゴキブリ事件、バーミヤンゴキブリ事件と、いずれもネットで炎上し、ニュースになりました。
はてはmixiでミスド店員が、ドーナツの真ん中に穴を開けていたと発言だとか、「いつも客に死体出している」mixiでアルバイトによる衝撃告白相次ぐだとか、ジョークのネタにまでなっています。
これを「若者のモラル低下」と捉える人もかなりいました。
はたしてそうでしょうか?
今回は本当にモラルの問題なのか、外食産業に何が起きてるのかを、少し考えてみたいと思います。
もちろん、こういったアルバイト店員の問題は今に始まったことではありません。一昨年の夏にはきんもーっ☆事件がありましたし、ブログブームが起きた頃から海外でも従業員解雇などの事件はたくさん起こっていました。
これはモラルの低下が問題なのでしょうか?
若者のモラルが低下してるというなら、若者の犯罪率が上がってるはずです。最近は未成年の犯行が多いという印象をお持ちの方も少なからずおられると思います。
ですが、実際にはそんなことは無いようです。
マスメディアの言うような「若者の凶悪犯罪が増加している」という論調は事実無根、という話はもう何年も前から出ていて、古くは反社会学講座 第2回 キレやすいのは誰だという記事でも指摘されています。最近では凶悪犯罪の高年齢化が止まらないという指摘もありました。
むしろモラルが無いのは団塊世代あたりなんじゃないかと思えて来ますが、ともあれモラルの問題にするのは若干無理がありそうです。
個人メディアの台頭
先程書いたことをもう一度書きます。ブログブームが起きた頃から海外でも従業員解雇などの事件はたくさん起こっていました。
そう、ブログブームが起きた頃からです。
90年代からネットで日記を書く人はいましたが、レンタルサーバにCGIを設置しなくてはいけなかったり、ウェブデザインの知識がある程度必要だったりと、決して敷居が低いものではありませんでした。
日記サービスも存在はしていましたが、記事単位でのパーマリンク(固定URL)が無いなど、参照性の悪いものがほとんどでした。
ブログの登場によって、いくつか小さな革新が産まれました。
- 記事単位でURL(アドレス)を持つのがあたりまえになった
- リンクしあう事があたりまえになった
- ウェブデザインの知識が無くとも簡単に書けるようになった
また、各種ブログサービスが有名人ブログを起こしてブームを作り上げたというのも大きいでしょう。誰もがいつでも気軽に情報を発信できるようになりました。記事単位でリンクでき、書いたものがいつでも参照できるようになり、またたくさん参照されるような仕組みが作られていきました。まさに個人メディアの台頭です。
安価な労働力は安価なりの品質であるべき
人の口に戸を立てるのはそもそもが難しい上に、こうした状況では言うなれば「うわさ話にソースがつく」ことになり、悪評が簡単に広がってしまいます。
今まで居酒屋や喫茶店や電話で話されていたような内容が形として残り、さらにそれを参照するためのアドレスまで付いているわけですから、当然といえば当然です。
さて、しかしながら、問題化した企業の多くは外食産業。それもビジネスモデルがよく似た企業です。
- 調理をマニュアル化し誰でも作れるように
- 接客もマニュアル化し誰でもできるように
- 学生アルバイトを使って人件費を削減
- チェーン展開によりマニュアルやメニューを共有
マニュアル化の度合いはそれぞれでしょうが、だいたいこんな感じでしょうか。
特に重要なのはアルバイトが接客や調理をしている点ですね。
このような事業形態はコストも安くチェーン展開もしやすいからか、大流行してると言っても過言ではないでしょう。ファーストフードから和食に至るまで、様々な料理という料理がこういった形態の店で食べられるようになっています。
しかしながらこういった店の従業員は、決して質が高いとは言えません。それはもう当然のことで、アルバイトやパートの比率が非常に高く、彼等は時給で雇われているわけですし、その時給も決して高いものではありません。質を求める事が間違っているでしょう。そのお陰で1000円程度出せばそれなりの食事にいつでもあり付けるわけですから、文句をいう筋合のものではないでしょう。
もちろん中には優秀なアルバイト店員もいらっしゃるでしょうが、本当に優秀ならばアルバイトの地位にいつまでもいることはないでしょう。
これは客側の視点ですが、雇用者側の視点から見ても同じことです。時給700円で雇える人材は時給700円の価値しか無いし、それ以上を期待してはいけません。もし期待以上の働きができてしまうようなら、それは労働力のダンピングといってもいいでしょう。
そもそもそこまで期待してないからこそマニュアル化して誰でもできるようにシステムを整えてるのですから、これもまた文句をいう筋合のものではないはずです。
そのような──失礼な言い方ではありますがわかりやすい表現として──「質の悪い店員」を使っているからこそ安価な食事を提供でき、あちこちに店舗を展開できるわけです。
そういう「質の悪い店員」は、企業が考える程には倫理的ではない。言い方を変えれば企業にとって都合のいい人材ではないはずです。
職場の悪口くらい言うでしょう。深夜営業で暇なら手近なもので遊ぶこともあるでしょう。元職場に対してちょっと悪戯心が湧くこともあるでしょう。
「質の悪い店員」は、逆の見方をすれば「企業に愛着や忠誠心の無い店員」でもあるわけです。
また別の見方をすれば、「企業や店に愛着や忠誠心があって自分の言動がどこまで影響を与えるかじゅうぶんに予測可能な知識と経験を持った店員」を雇える程のお給料を出しているか、ということです。
これまではそこまでの店員を雇わなくてもうまくやっていけました。
しかし今は個人メディアがあります。彼らがその個人メディア──つまりはネットで何を発言するか、制御するのは不可能でしょう。
雇用条件にネット禁止をいれたらどうかというアイデアは真っ先に思い浮かぶでしょうが、それはもう無理でしょう。携帯電話を持っていればインターネットにはすぐアクセスできますし、携帯電話を禁止している職場の求人に人が来るでしょうか?
もう時代は変わっているのです。
個人メディアの影響力
しかしながら、個人メディアの影響力はもはや無視することはできないでしょう。
実際にテラ豚丼事件の直後から吉野屋の株価は下落しています。バーミヤンを擁するすかいらーくは株式を非公開にしているためどうかわかりませんし、ケンタッキーはTOBがかかっていたために株価への影響は読めませんが、どちらも売上が下がらないかひやひやしていることでしょう。
またそうでなくてもこのようにネットで祭になれば、問い合わせが何百件と来るでしょう。
この問い合わせにも個人メディアの大きな影響力が見られます。
東芝クレーマー事件のころから、企業への問い合わせを音声ファイルでネット公開することは時々ありました。
全証言 東芝クレーマー事件―「謝罪させた男」「企業側」 (小学館文庫)しかしながら今回は問い合わせをネットラジオで生放送する人も現れました。放送した人とは別の人がそれを録音し、動画サイトなどで公開しています。
ブロードバンドの普及と個人メディアの台頭が融合した新しい形態といえるでしょう。
何度も言いますが、もう時代は変わっています。
安い賃金で雇ったアルバイトはブログやmixiで何を言い出すかわかりませんし、それがいつ広まって「炎上」するかわかりません。
お客さまからの問い合わせの電話は、録音されてるどころか全世界に向けて生放送されてる可能性があります。
そしてチェーン展開で大きくなった企業は、たった1店舗でこのような問題が起きただけでも全店舗に影響が波及します。
さらに今回の一連の事件でも多かったのですが、店員のモラルの欠除した行為など存在しなかったと発表しても、それで鎮静化するとは限らないのです。
消費者だって無かったと主張されただけで納得するほど馬鹿じゃありません。消費者が納得できる形で衛生的であるかを説明できなくてはならないわけです。そしてそれは非常に難しいことでしょう。
もうこれはアルバイト頼りの外食産業全体の危機と言ってもいいのではないでしょうか?
消費者側からしてもひとつの危機です。
このような問題に対応するために店員の給料をあげたり教育に力を入れたりすれば、当然コストがかかります。それはあたりまえですが値段に上乗せされるわけです。
これからの10年で消える職業というのはいくつもあると思いますが、「安価でそこそこおいしい食事を提供してくれる外食チェーン店」という存在もまた、もうすぐ消えてしまうのかもしれません。
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