2011年03月22日 19:40

「燃料が足りない!」震災で空港閉鎖、上空にいたパイロットの真に迫る手記

 

デルタ航空767
震災関連の様々な情報を目にしたと思いますが、地震の影響で航空機もトラブルに見舞われていたことはご存知でしょうか。

各地の空港が閉鎖したため、着陸先が無くなった数多くの飛行機が受け入れ先を探し、燃料が残り少なくなるなど緊迫した状況となっていたようです。

アメリカから成田空港へ着陸予定だった、デルタ航空の機長による手記がネット上に投稿され、その真に迫った内容が話題を呼んでいました。

以下は東日本を襲った地震の直後に、成田空港へ着陸を予定していたデルタ航空の機長による、ネットに投稿された手記です。少し長いですが、一読の価値はあると思います。

 成田空港の乗務員用のホテルの中からこれを書いている。なんとか今は無事でいる。

 これは私の初の太平洋横断で、国際便767の機長として興味深いフライトだった。過去に大西洋を3度ほど横断しているので海の横断経験はあった。アリューシャン列島の美しい景色を超え、東京から100マイル(約160km)の地点で着陸の降下準備を始めるまでは順調なフライトだった。

 トラブルの最初の兆しは、日本の管制塔が「待機経路」(着陸許可を待つ機が楕円に飛ぶ周回路)の指示を出してきたことで、最初はよくある混雑だと思った。すると会社側が地震のメッセージを送ってきた。その直後には「成田空港が一時的な点検のため閉鎖、しかしすぐに再開するであろう」との見解が入ってきた。(会社はいつも楽観的なんだ)

 我々の見解からすると明らかにいつもと様子が違った。日本の管制官の不安レベルはかなり高いようで、待機がいつまで続くかわからないと伝えてきた。我々はそんな状況下で時間を保証してくれる者など誰もいないことを知っていた。副操縦士と交代要員の操縦士の二人は、コース変更可能な迂回先と燃料確認に忙殺されていた。当然太平洋を横断してきたことから燃料の残量値は低い。

 10分も経たぬうちにエアカナダ、アメリカン航空、ユナイテッド航空の機長たちが、他の空港へのコース変更をリクエストし始めた。全機が最低限の燃料しかないと主張している。当機の燃料は1時間半〜2時間ほどフライトできる残量だった。言うまでもなくこのコース変更により、ことは複雑になった。

 やがて管制塔が成田空港は被害を受けたため再開できないと知らせてきた。各機はすぐに羽田への着陸を要請し、6機ほどのJALや欧米機がそちらへ向かった。ところがその後で管制塔が羽田も閉鎖したと伝えてきたんだ。おっと、もはやここで待機している場合じゃない、さらに遠方の大阪や名古屋も考えなくては……。

 大型旅客機の欠点は、そこらの小さな空港にぽんと着陸できないことにある。大きく立派な滑走路が必要なんだ。さらに多くの飛行機が西からも東からもやってきて渋滞し、全機がこぞって着陸を待っている状況だ。いくつかの機体は燃料の危機を伝えている。管制塔は圧倒されている。

 この混乱の中、名古屋空港から着陸許可が下りた。燃料はまだ大丈夫だ、なんとかなっている。ところが数分ほど名古屋に向かったところで、管制塔から引き返せとの命令が来た。名古屋も飽和状態でこれ以上の飛行機を引き受けられないと言う。さらに大阪も同じとのことだった。

 もっと遠方へ飛ぶ可能性が高くなり、OKだったはずの燃料はいきなりギリギリの状況に陥った。さらに我々と同じ状況の飛行機が周りに十数機もあり、全機がどこかに着陸許可を出してくれと脅している状態だ。そこへエアカナダともう1機の燃料状況が「緊急」となり、軍の基地に向かい始めた。東京に一番近いのは横田基地である。もちろん競うように我々もそれに参加した。だが横田から返ってきた回答は「閉鎖」。スペースが無いということである。

 もうこうなるとコックピット内は、さながらスリリングなサーカスとでも言うべきだろうか。副操縦士は無線にかじりつき、私は判断を下しながら操縦、交代要員の操縦士は航路図に埋もれながら、どこに行けるかアトランタからやってくるメッセージとにらめっこしている。そこで三沢基地を選んだ。本州の北側にあり、残りの燃料でもたどりつけそうだ。管制塔は大混乱の東京から我々が去ってほっとしているようだが、どうも仙台に送ろうとしていたみたいだ。そこは小さな地域の海岸線の空港で、津波の被害が甚大なところである。

 アトランタから今度は北海道の千歳空港まで行けるかとの連絡が入り、その他のデルタ航空機もそちらへ向かっていた。我々のコックピット内はひっくり返したような状況だ「天候確認、チャート確認、燃料確認、OK」。よし、なんとかたどり着けそうだ、これ以上の遅延が出ない限りは燃料は緊急状態に陥らないであろう。

 三沢に近づくと千歳空港の着陸許可がおりた。重大な決断をするときの考え方が頭をよぎる。飛ばし過ぎた飛行機を、かなり離れた目的地へコース変更。そこでさらに状況が悪くなったら……。安全報告書はどう映るだろうか。

 またもや管制塔から電波連絡が入り指示を待つよう伝えられる。悪夢である。状況は急速に悪化していく。東京上空で待機したあと名古屋へコース変更、また東京へ、そしてさらに三沢へ。十分だったはずの燃料はどんどん蒸発していく。その後の会話はわかりやすく言い換えるとこのような内容である。
「札幌管制塔へ デルタXX便、至急千歳空港への着陸を要請します。燃料の残量は少なく、これ以上待機できません」
「拒否します。現在混雑中です」
「札幌管制塔へ デルタXX便、緊急着陸を宣言します。燃料の低残量、千歳に直接入ります」
「了解、デルタXX便。千歳に向かうことを許可します。千歳との連絡を……」

 もうたくさんだ。同じ待機パターンに入って重大な燃料問題を抱えてしまう前に、緊急着陸を決断した。このことで会社に書類を提出することになるが、どうでもいい。本当の緊急事態になるまで30分の燃料を残していたが、千歳に安全に着陸した。我々を引き入れたのは空港内の外れにあるへんぴな場所で、さらに他の数機が舞い降りてきた。結果的にデルタの747が2機、我々を含む767が2機、777が1機、すべて移動式のタラップを取り付けられた。さらにアメリカン航空2機、ユナイテッド航空1機、エアカナダが2機も降りて来た。もちろんその後いくつかのJALや全日空がやって来たのは言うまでもない。

追記:9時間後にようやく日本航空の搭乗用はしごが届き、飛行機から降りて入国を済ませることができた。しかしそれはそれで、また別の興味深い経験となった。この文章を書いている45分の間にも4回ほど地震の揺れを感じたところだ。

震災に関する多くの情報が語られていますが、上空にいた飛行機も緊迫した状況にあったようです。

パイロットによる手に汗を握るような手記に対し、海外掲示板には多くのコメントが寄せられていました。

以下、抜粋してご紹介します。

・クレイジーな状況だ。着陸できず、それどころか着陸させてくれるかどうかもわからないところに飛ぶなんて。少なくとも緊急着陸に入れたことはよかった。それにしても機内から人を降ろすまで時間が掛かり過ぎのように思う。

・多分にメインの空港から離れた場所だったからじゃないかな。そのはしごを運転して運ばないといけない上に、他の飛行機もあって大変だったんだろう。

・マグニチュード8.9もの地震がある最中なら、オレならその飛行機の中が一番マシだったと思う。

・これがニューアーク・リバティー国際空港(ニュージャージー州)の付近で起こらなくてよかったよ。デルタの回答はきっと上空でフライトキャンセルして、飛行機ごと存在が消えただろうから。

・吹雪のひどい日にニューアークとボストン(マサチューセッツ州)を4回往復させられた挙句、両方の空港が閉鎖した。

・それはどうなったんだ?どこに着陸したんだ?

・きっとしなかったんだよ…。だん、だん、だん!

・行方不明……。

・そんな状況のときに管制塔にいたくないな。きっと彼らはその1時間、瞬きひとつもできやしなかったろう。

・悪いシナリオを考えずにはいられなかった。ストレスが半端ないと思う。

・9時間後だって?千歳空港についてから乗客は9時間も飛行機の中にいたっていうのか?

・どの空港もいきなりのこの地震で、着陸が混雑するとは予想できなかっただろう。

・クレイジーだ。12時間もフライトしたあとで、9時間もあの椅子に座っていたくない。

・それも想像してみろよ。もし外国人で日本にバケーションか何かでやって来ていたとして、17時間以上も経ってから別の空港にようやく降りてみたら、そこは地震や津波にやられていて、なおかつ原発がいくつか溶解しそうだっていう状態なんだぜ。

・管制塔を退職した私からすると、この機長が体験したことに感謝できる。こんな風に雪だるま式にトラブルになると、プランA,B,C,Dの全部がダメになる。全機の燃料が足りなく、「今すぐ」どこかに行かなくてはいけない。管制官はどこかに誘導しようと思っても対立した情報を得る。これに一番近い状況で思い出されのが、9/11のときだ。全員をすぐに地上へ降ろせと指示が来た。忘れられないよ。

地上の惨事が大きすぎて気に留めることはありませんでしたが、空の上でもこんな緊迫していたことに、あらためて驚きです。

少なくとも目立った飛行機事故は発生していないことから、パイロットや管制官たちいかに尽力して、プロフェッショナルな技量を発揮したのか想像に難くありません。

(2011/3/24 )追記:以下のサイトで千歳空港の緊急着陸の写真が公開されています。
新千歳空港 ダイバート: 『ブタネコのトラウマ』 Blog版

Written by a Delta pilot on approach to Tokyo during earthquake

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