歴代のアメリカ大統領が「人生の最後」に発した言葉いろいろ
一国の元首になるような人物、それも大国アメリカのトップともなれば、カリスマ性や指導力、卓越した知性など、何かしら傑出したものがあることでしょう。
そんな彼らが人生の最後に発した言葉とは、どんなものでしょうか。
アメリカ元大統領たち31人の最後のセリフをご紹介します。
「ジョージ・ワシントン」
「良し」
「ジョン・アダムス」
「トーマス・ジェファーソンが生き残る」
そして皮肉にもその数時間前にジェファーソンは亡くなった。
死去1826年7月4日(90歳)
「トーマス・ジェファーソン」
「医者はいらない、何ももういらない」
死去1826年7月4日(83歳)
「ジェイムス・マディソン」
「何もないよ。ちょっとした心の変化だよ」
姪にどうしたの?と聞かれて。
「ジェイムス・モンロー」
「彼ともう1度会うことなしに、この世を去るのは残念だ」
ジェームス・マディソンのことを聞かれて。
「ジョン・クインシー・アダムス」
「これがこの世の最後、満足である」
「アンドリュー・ジャクソン」
「おまえたちみんなと、それぞれ天国で会うよ。良い子でいなさい。全員だ。そして変化が訪れるときには準備しておきなさい」
「マーティ・ヴァン・ビューレン」
「信頼こそがすべて」
「ウィリアム・ハリソン」
「政府の真の原則を理解している。そしてそれが行われることを期待している。それ以外は何も望まない」
「ジョン・テイラー」
「多分これがベストである」
「ジェームズ・ポーク」
「愛してるサラ、永遠にだ。愛してる」
「ザッカリー・テイラー」
「後悔は何もない。だが友人を残すことは申し訳なく思う」
「ミラード・フィルモア」
「この食事は口に合う」
最後に食べたスープについて。
「ジェームス・ブキャナン」
「大いなる主よ、お望みのままに」
「エイブラハム・リンカーン」
「彼女は何も思わないさ」
妻のメアリー・トッド・リンカーンが「大統領にまといついているのを見たら、劇場の女友達は何て思うのかしら」とつぶやいたのに対して。
「アンドリュー・ジョンソン」
「泣かないで子供たち。そして天国で会おう」
「ユリシーズ・グラント」
「私よりほかに行きたがったものはいない」(北軍に勝利をもたらした英雄)
「ラザフォード・ヘイズ」
「ルーシーのところに行くことがわかっている」
先に亡くなった妻ルーシーに関して。
「ジェームス・ガーフィールド」
「スウェイム、この痛みを止めてくれ」
国防省の法務総監デイビッド・スウェイム氏に話しかけていた。
「グロバー・クリーブランド」
「正しいことをしようと一生懸命だった」
「ベンジャミン・ハリソン」
「医者は来たかい?先生、私の肺が……」
「ウィリアム・マッキンリー」
「さようなら、みんな、さようなら。これが神のご意思である。もうすぐ終えられる」
「セオドア・ルーズベルト」
「明かりを消してくれ」
「ウッドロウ・ウィルソン」
「機械が壊れたら、私は準備できている」
「ウォレン・ハーディング」
「いいね。続けて。もう少し読んでくれ」
サタデー・イブニング・ポストをベッドの横で読む妻に話しかけながら。
「カルビン・クーリッジ」
「おはよう、ロバート」
家に来ていたカーペンターに話しかけていた、その直後に突然亡くなった。
「フランクリン・ルーズベルト」
「ひどい頭痛がする」
脳溢血でそのすぐ後に亡くなった。
「ドワイト・アイゼンハワー」
「私はもう逝きたい、神よお連れください」
「ジョン・F・ケネディ」
「そうだね、言えないね」
政治家のジョン・コナリーの妻ネリーが「ダラスの人々があなたを快く歓迎していないとは絶対に言えませんね」と話しかけ、暗殺される寸前にそれに答えたもの。
「リンドン・ジョンソン」
「マイクをすぐによこしてくれ」
テキサス州で心臓発作で他界。その日のシークレットサービスの名がマイク。
「リチャード・ニクソン」
「助けて」
1994年に発作で他界。ハウスキーパーに向けた言葉。すぐに亡くなったわけではないが、その後、話ができなかった。
床について死を覚悟した言葉から、日常会話の中で死が訪れたと思われるものまで。
現職のオバマ大統領や、ブッシュ、クリントンなど、なじみ深い近年の元大統領たちは、いつかどんな言葉を残すのでしょうね。
The Last Words Ever Spoken By American Presidents