2018年04月06日 23:24

ホテルから17年間も宿泊禁止にされた人物が謝罪の手紙…その内容が同情と爆笑を誘う

 

ホテルから宿泊禁止を言い渡された人00
17年前にカナダのホテルでとんでもないことをしてしまい、永久に宿泊禁止を言い渡された男性が、18年目にして当時の事情を説明して謝罪し、宿泊禁止を解いてもらえるようにお願いの手紙を送ったそうです。

多くの人が同情し、そして笑うことになった、手紙の内容をご紹介します。

The Internet Can’t Stop Laughing At The Worst Hotel Guest Ever Who Got Banned From Hotel For Lifetime | Bored Panda

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カナダ・ビクトリアのゴージャスな「フェアモント・エンプレス・ホテル」から、永久ブラックリストに登録されたというニック・バーチルさん。

どうにか宿泊禁止を解いてもらおう決意した彼は、なぜ禁止になったのか事情を説明して謝罪することにしました。

ホテルに送った手紙の内容は……。

「拝啓、エンプレスホテル様

勝手なお願いではございますが、ここにお許しをいただきたく、手紙を書きました。
私は17年前、一連の不運な出来事が原因で、貴館から永久に宿泊禁止となりました。その事件のあらましについて、少し説明させてください……。

2001年のことですが、私は現在も勤めているA社(仮)に入社したばかりでした。その時はカナダの海軍予備員でもありました。A社はエンプレスホテルでカスタマー・カンファレンスを行っており、それは入社後初の企業イベントでもありました。

海軍の友人らに出張で西へ行くと話したら、ブラザーという店のペパロニをお土産に頼まれました。こちらの特産品です。船員全員に行きわたるだけの量を用意しました。そのためスーツケースはペパロニでいっぱいです。ビニール袋や紙袋に包んでもらい、店で売ってもらえる限り購入しました。

スーツケースは航空会社の手違いで翌日に届きました。ペパロニが常温だったので安全のために少し涼しい場所に保管することにしました。

4階の私の部屋は広くてすばらしく、正面を向いていました。とても設備の整った部屋でしたが冷蔵庫はありませんでした。4月だったので空気はまだ冷たく、食品を冷やすには窓のそばが最適だと考えました。

窓のサッシを持ち上げて、ペパロニのパッケージをテーブルの上や窓枠の下に広げ始めました。そうして私は散歩に出かけたのです。それも4〜5時間ほど。

たっぷり景色を堪能したところでホテルに帰ってきました。ホテルの長い廊下を歩いて自分の部屋を開けたら……部屋がカモメでいっぱいだったのをよく覚えています。

ホテルから宿泊禁止を言い渡された人02
数える暇はありませんでしたが、40羽以上はいて、私のペパロニをひたすら食べていました。

ペパロニはカモメに下痢を引き起こすようで……予測できる通り、部屋は糞だらけでした。そのとき知ったのは、カモメはヨダレも垂らすことで、特にペパロニを食べたときはそうなるようでした。

どんな状態かを想像していただけると思います。部屋に入って鳥たちを驚かせると一斉に飛び回り、あちこちにぶつかり、少ししか開いていない窓から出ようと必死でした。

パニックになったカモメたちは閉じてある別の窓からも出ようとしました。その結果、部屋の中はカモメの糞、羽毛、ペパロニの固まり、そしてカモメの竜巻が起こり激しくかき回されました。ランプは落ち、カーテンは台無し、コーヒートレイは見るもおぞましくなりました。

私は鳥の中をかいくぐり、もうひとつの窓をようやく開けることができました。ほとんどのカモメはすぐに出ていきました。

ところが1羽がペパロニをもう一度食べるために再突入してきました。動揺した私は靴を片方脱ぎ、そのカモメに投げつけました。カモメと靴の両方が窓の外にすっ飛んでいきました。

そのとき部屋には1羽のカモメが残っているだけでした。しかしそれはとても大きなカモメで、部屋から出ようとしなかったのです。追いかけると口に大きなペパロニをくわえたまま部屋中を逃げ回りました。

私はバスタオルを片手に飛び掛かりました。パニックを起こしたカモメをタオルに包んで窓から投げました。タオルに包まれていたら飛べないことを、そのときはすっかり忘れていました。

これらはかなり短い間に起きたことで、午後の中ごろでした。エンプレスホテルは「ハイティ」(午後の上品なティと夕食を兼ねたもの)がとても人気で有名で、これを目的にやってくる大勢の観光客グループが、私の靴とタオルに包まれたカモメが落ちてくるのを目撃したことでしょう。

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(ちなみにカモメは無事だった)

ここで部屋の問題に戻ります。部屋は最悪でした。たくさんの破損がありました。

私はまだ新入社員で、この重要なイベントで高い評価を得たいと考えていました。先にイベントに集中して、部屋のことは後で処理しようと思いました。もう大事な夕食まで数分しかなく、靴も片方しかないことに気づきました。

靴とタオルが濡れた土の上にあるのを見つけましたが靴は汚れていました。窓を閉めていたことから部屋の室温が上がり、消化されたペパロニと魚のにおいが充満していました。

洗面所で靴から泥を洗い流しました。きれいになりましたが、靴の1つは濡れて濃い色に、もう一つは乾いていて薄い色でした。今から考えると、乾いているほうを濡らすべきだったと思います。でもその代わりに自分は濡れてる靴をヘアドライヤーで乾かすことを選択しました。靴は順調に乾いて行きました。

そこで電話が鳴りました。電話を取るために隣の部屋まで行きました。するとそこで停電したのです。原因はドライヤーが振動で靴から離れて、水でいっぱいのシンクに落ち、(ショートして)完全に沈黙したことです。私はホテルにどれくらいの停電をさせたのかわかりません。この時点でもう助けが必要だと思いました。

フロントに電話して、荒れ果てた部屋を掃除するヘルプが欲しいと頼みました。ヘルプの女性が部屋を開けたときの表情を今でもよく覚えています。彼女に何と説明していいのかさえわからず、単に「すみません」と言いました。

部屋に戻ると自分の所持品は全て小さな部屋に移されていました。

これが話の全てですが、そのあとA社宛に、私をホテルから永久に禁止するとの手紙が届きました。その禁止を私は18年敬意を払って従ってきました。

私は今は成熟し、自分のした行動の責任を認めます。謙虚に、私が間接的に起こした損害について謝罪します。そのことでなんとか所有地からの生涯禁止処分を考え直していただけないかとお願いする次第でございます。
ぜひ、ホテルからお許しをいただけるか、あるいはこの18年ほどエンプレスから遠ざかっていたことで、「刑期を終えた」と思っていただければ幸いです。

よろしくお願いします。
ニック・バーチル」

ホテルから宿泊禁止を言い渡された人04
この後、ホテルのマネージャーからバーチルさんに連絡があり、許したこと、そして宿泊客としてまた迎える旨が伝えられたのだとか。

バーチルさんは、「同じペパロニをホテルにお土産として持って行くと伝えたことが、効果的だったに違いない」と考えているとのことです。

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