「こんな仕事やってられるか!」プロフェッショナルに徹することが困難だと感じたときの体験談いろいろ
仕事をする以上はプロフェッショナルに徹すべきだと言われますが、人間である以上は難しい局面があるものです。
「プロらしいふるまいや立場を保つことが最も困難だったのはどんなとき?」と、海外掲示板に質問の投稿がありました。
回答を抜粋してご紹介します。
When did you have the most difficult time "staying professional"?
●うちの会社では大きな事故が起こるたびに対策会議が開かれる。
2年ほど前、ある男がトイレで大をしていてあまりに強く力んだために、気絶してしまい、前に倒れ、ひたいに大きな切り傷を作って、脳震盪を起こした。
他の8人が「大で力み過ぎて、ひたいにケガをしないようにすればどうしたらいいか」について議論しているところを想像してみてくれ。
↑トイレの利用の際はヘルメットの着用を義務付ける。
↑解決法が思いついた。トイレにシートベルトを付けるんだ。
●元上司が会議をすると職員を招集した理由は、誰かが汚れた窓に大きな男性器の落書きをしたから。
↑おまえだろ。
↑正直に答えるように。
●結婚式のプランナーをしている。
生後6か月の甥が突然死した。もうすぐ行われる顧客の結婚式の日が甥の葬式の日と重なってしまったので電話で状況説明をした。すると顧客の女性はこっちの言うことに注意を払っておらず、向こうで友人と談笑していた。いらいらしたので「後でもう一度かける」と伝えた。
その晩に電話をかけ直し、何が起こったかを再び説明し、葬式に出るので代わりにアシスタントを彼女に付けると説明した。すると彼女はそのアシスタントを葬式に送って、私に結婚式に来るように言った。その意味に数秒かかったが、彼女には代わりのアシスタントを送るのはやめて返金すると伝えた。もっとも丁寧な言い方の「失せろ」だった。
●教師をしている。1学期90日のうち68日を欠席している生徒がいた。
彼女の欠席理由は「授業が始まるのが朝早過ぎる」だった。学校ではどの生徒がどの授業を欠席しても家に電話をかける。そして手紙を出す。成績はオンラインで見られるし、生徒が不合格になりそうなら家にそれを伝える手紙を送る。
その生徒はうちのクラスを合格できなかった。40点しか取れなかった(合格ラインは70点)。
すると母親が電話してきて、最終試験のあと彼女を合格させろと言う。休んでた割りにはもうちょっとだったとか言う。なので毎日来ていたら、合格していただろうから、合格させろと言う。そしてそれをあきらめようとしない。だが絶対に合格させるはずもなく、あれほどまでに人をののしりそうになって我慢したことはない。
●インターネット・プロバイダーの仕事をしていると、ある客が支払いに来た。それまでも本当にバカげたような名字を見てきても真面目な顔をしていたが、このときばかりは耐えられなかった。
彼の名字は「Assmann」(ケツ男)だった。彼の前で大笑いしてえしまいあとから丁重に謝った。彼はとても落ち着いていて、高校のときはいろいろあったよと言っていた。
●大学で働いている。
ある日、職員のクリスマスパーティがあった。学長はとてもフレンドリーで腕まくりしてみんなにアイスクリームを配っていた。彼は舞台に上がり年の終わりのスピーチをしようとしたときに、すごい音のおならをした。
急に死んだように静かになり、だが我慢できなくなって笑いだしてしまった。するとみんなそれに続き、そのあと2分ほど全員で死ぬほど笑っていた。
彼はお腹のどこかの手術を受けたばかりで、多分コントロールできなかっただろうから、ちょっと悪いなと感じた。
●メールで済むことが会議になっているとき。
●男性の同僚から女性というだけで秘書みたいな扱いを受けること。検索くらいしてほしい。
いくらお金をもらっていても、仕事を最優先にはできないときはあるものですね。