2018年10月11日 21:44

「他人にしてもらった最も親切なことはなんですか?」心に響くスイートな思い出いろいろ

 

人にしてもらった一番親切なこと
困ってるときや、思いがけないときに受ける他人の親切は、なかなか忘れられないものです。

「誰かがあなたのためにしてくれた中で、最も親切だったことは何ですか?」
この問いに対する、海外掲示板の体験談をご紹介します。

What's the nicest thing someone has ever done for you?

●2006年に母親を肺がんで亡くした、高校を卒業して1か月後のことだった。私はひとりっ子だった。8月から通う大学から1時間のところに引っ越した。
大学ではどのクラスに行っても、その夏にどんな印象に残ることをしたかを話題にしていた。自分は母親のお葬式をしたと話した。
いくつか同じ授業を取っていた女の子が近所に住んでいた。1月の母親の誕生日に、彼女はカップケーキとキャンドルを持って家までやってきた。仲の良い友人たちでさえ、誰もその日を覚えている人なんかいなかったのに、彼女は覚えていた。
私が泣いている間、彼女は私を支えてくれた。それからケーキを2人でほおばった。数年後、彼女は私のブライズメイド(花嫁のサポート役)として出席してくれた。

●大学1年の授業の後に、ろくに知らないクラスメートと話をした。自分は一人暮らしで、試験で忙しいからスーパーに行く暇もなかったので、冗談っぽく「ここ2日ほどシリアルばかりを食べているんだ」と話した。
すると翌朝、そいつはおいしいバターチキン&ライスを2皿持って現れた。彼の両親はインド料理店を経営しているので持ってきたという。いつでも頼んでいいと言ってくれた。
家族以外で他人が自分のためにしてくれた最初の親切だった。とても心に響いた。残念ながら彼は数週間後に学校を辞めたが、彼のことは永遠に覚えている。

↑きっとそれはこっそり彼が作ったものだったんだ。そして相手の喜ぶ様を見てシェフになろうと決めたんだ。

●5歳の頃、母子家庭で母親は看護学校に通っていた。お金はほとんどなく、小さいなワンルーム暮らしだった。同じアパートに住んでいたギリシャ人の年配男性がクリスマスイヴにサンタクロースの格好をしてプレゼントをくれた。
今でも彼がギリシャ・アクセントで「ホーホーホー、メリークリスマス」と言ったのを覚えている。子ども時代のとてもスイートな思い出。

●高校3年のとき、吹奏楽部で別の州にスキー旅行へ行くことになった。子どもの頃はたくさん引っ越しをして、その高校にも2学期の間しかいなかったけど、それでも今までで最も長く在籍していた。
部活の旅行にはそれまで行けたことはなく、費用も自分でねん出する必要があった。母親や継父とは問題があり、他にも大きな出費があったので今回も旅行には行けそうになかった。
旅行の1週間半前になって、突然、部の監督に呼び出され、スキー旅行へ行きたいかどうかを尋ねられた。そこで金銭的な余裕があるかわからないと話をすると、監督に途中で遮られて「尋ねたのはそんなことではない」と言われた。もちろんスキー旅行には行きたかった。
監督が言うには、自分の人生がカーテン裏でどうなっているのかを聞きつけた寄付者がいたらしい。そしてその人々(あるいは人)は、いまだに自分には匿名のまま。交通費、食費、スキー費用を出してくれた。自分は泣いた。監督のいるオフィスで泣いた。
すばらしいことだった。親友は高山病にかかっていたけど。

●運転免許を取得して1週間くらいのとき、車にガソリンを初めて入れに行った。そしてガソリンの入れ方を知らないことに気付いた。私が苦労しているのを見た男性が歩いてきて彼のクレカを出してやり方を説明してくれた。私に教えてくれた上にガソリン代まで払ってくれた。彼の名前も聞いていない。

●車に轢かれたとき、見知らぬ人が救急車が来るまで横に座っていてくれた。彼の名前も聞いていない。彼は警察が来る前に去っていった。人込みで彼の顔を探したけど二度と会うことはなかった。彼は私を落ち着かせてくれて、ひとりじゃないと思わせてくれた。

●最初の家賃3か月間を支払ってもらった。父親を1月前に亡くし、葬式のディレクターが助けてくれた。

●うちの両親は自分を養子にしてくれた。

●中学1年の途中に引っ越した。新しい都市、新しい中学、そしてランチの時間に、最初に見つけたベンチに座っていた。
みんなそれぞれの場所にいた。そこで、デイブ・Bが歩いてきて「転校生だろ? こっちへきて一緒に座りなよ」と言った。
彼とは友人にはならなかったけど、その最初の誘いを何十年も過ぎた今になっても覚えている。

●父親との関係がどんどん悪く暴力的になっていくのを見かねた親友のお母さんが、児童保護サービスへ行って、私と弟を引き取ることが可能か相談してくれた。
彼女にはすでに4人に子どもがいたのに、さらに2人の10代の子どもを引き受ける心の広さを持っていた。
満足に食べさせてくれて、衣類を与えてくれて、歯の矯正や高価なブラジャーなども与えてくれた。他の子どもたちと同じように公平に扱ってくれた。もしあのとき彼女が足を踏み込んでくれなければ、もう自分たちはどこでどうしていただろうと思う。私たちを救ってくれた。今日は彼女の誕生日だけど2年前に他界している。


赤の他人だからこそ、助けてもらったときの嬉しさは格別なものがありますね。心に染みます。

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