2021年04月04日 18:23

「中南米で最長の橋を建設したその年に、洪水で川だけ移動してしまったことがある…」1998年のホンジュラスで起きた悲劇

 

巨大な橋を建てた年に川だけ移動
1998年に全長190メートルの中南米で最も長い橋が、日本の無償資金協力でホンジュラスに建設されました。

ところが同年に現地を襲ったハリケーン・ミッチの洪水被害によって川の位置は大幅に変動、道路も流されてしまったのです。

当時に撮影された、川の位置とずれてしまった巨大な橋の姿をご覧ください。

Natures way to say fuck you : Damnthatsinteresting, molnar - Pixabay

完成した年に、橋としての意味がなくなってしまった1998年の新チョルテカ橋。

ハリケーン・ミッチによってチョルテカ川のルートが変わってしまい、砂の上にポツンと取り残されてしまったのです。

海外掲示板のコメントをご紹介します。

●シムシティ(都市開発ゲーム)でミス操作したときに起きることが、現実で起きたようだ。

↑きっと取り除くための小さなブルドーザーをクリックし忘れたちにちがいない。

↑自分はシティーズ:スカイライン(都市開発ゲーム)の水力発電ダムでそれを何度かした。

●今では滑走路。

↑バスは時速80kmをキープすればジャンプできる。90年代のドキュメンタリーで見た。

●橋をクリックしてそのままドラッグして離す。問題解決。

●なぜ道路と橋がつながっていないの? ルート変更する前のランダムな橋?

↑Wikipediaによると、橋が使用開始された同じ年にハリケーン・ミッチの被害に遭い、国民やインフラに甚大な被害をもたらした。
旧チョルテカ橋を含む多くの橋が損壊などの被害にあったが、この新チョルテカ橋はほぼ完璧な状態で残った。
しかし両端の道路は完全に消え去り痕跡も残らなかった。コルテカ川は大洪水によって経路が変わり、橋の下にあった川は乾燥した。
橋は「どこにもいけない橋」と呼ばれた。2003年に橋は高速道路に再接続した。
Choluteca Bridge - Wikipedia

↑自分はホンジュラス人で偶然にもコルテカ出身。
その時のハリケーンの被害の凄まじさを伝えられたらと思うよ。橋の両側にベージュの砂が見えるだろう? 当時は昼夜ずっとすべて川だった。自分は首都テグシガルパに住んでいて、コルテカの実家は川の周辺だったが、そこまで近かったわけではない。
だが洪水は天井まで届いた。それくらいひどかった。
飼っていた小太りの愛犬は生き残った。洪水で水位が高くなったときには屋根の上で2日ほど救助を待っていた。
泥のせいで実家にたどり着くのは不可能だった。ほとんどの人が全て、あるいはほぼ全てをひと晩で失った。うちの家族も含めて。
父親はカンタループの農園を持っていたけどハリケーン襲来の数時間後には全てが消えた。避難所が信じられなかったのを覚えている。全てを失った大勢がいた。大勢の死者が通りにも流れの中にも、泥の中にもいた。
さらに腐敗した政治家たちが、世界から集まった寄付をすべて盗んで行ったのもよく覚えている。(以下省略)

●自分が役立たずで、ひとりぼっちだと感じたときは、このかわいそうな橋を思うとよい。

↑「2003年に橋は高速道路につなげられた」
この話の教訓は、どんなに役立たずだと感じても、いつかゴールに繋げることが出来るということ。


当事者には、痛ましい災害の記憶として残っているとのことです。

2003年には日本の無償資金協力により架け替えられ、日本への感謝の意を込め橋名が「新チョルテカ橋」から「ソル・ナシエンテ橋(日本橋)」へと改名されています。
チョルテカ・バイパス橋梁建設計画 | ODA見える化サイト

(参照:チョルテカ・バイパス橋梁:安藤ハザマ

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