「ある感情のときだけ『本当の自分』だと思われやすいのはなぜ?」

「怒っている自分が『本当の自分』だとされるのは不公平だと思う。まるで、幸せで優しい時の自分がフェイクだと決めつけられるように感じる」
いわれてみると、どの感情だって自分の側面の1つのはずなのに、なぜか怒ったときだけ「本性を現した」みたいに言われがちですね。
海外掲示板のコメントをご紹介します。
●コツは常に怒っているふりをすること。たまに笑ったり思いやりを見せたりすると「意外といい奴じゃないか!」って思われる。
●正気を失っても優しい人はほとんどいない。
↑優しさは正気と一緒にしまってあるんだよ。
↑そうとは限らない! 友人は妻に捨てられ、クビになり、両親を亡くした。しばらく落ち込んでたのに、突然ニヤニヤし始めて「もうすぐ全部うまくいくよ」って言い出したんだ。しかもPS5までオレにプレゼントしてくれたんだぜ!
●「人がどん底にいる時こそ、その人の本性が明らかになるものだ」
よく考えてみれば、これは実に安直な考え方だ。
↑ああ、それはまるで、たまに混ざってる黒いポテトチップス1枚で、1袋全部を判断するようなものだよ。
↑歯に挟まるチップスの欠片さえ我慢できないなら、パウダー倍増のチップスを口にする資格はない。
↑うん、正直なところ、失うものも得るものもあまりないときこそ、その人の本性を見極めやすいと思う。
↑ショッピングカート理論。
↑友達選びの判断に良い基準だね。
↑どうかな、人は何か得があるときこそ本性をよく見せると思うんだ。人の本質を明らかにするのは公平に振る舞うか、誰かを利用しても逃げ切れるか、その選択を迫られた時の行動さ。
怒っていないときも、ぜひ本当の自分として見てほしいものですね。




















