大人は大変だけど…学校時代の「あれ」がないだけでマシかもしれない

大人になると、仕事や責任に追われて自由な時間や体力の余裕が減っていくものです。
とはいえ、子供時代にも理不尽な負担はありました。
「あれがないだけで大人のほうがまだマシ」と感じている人も少なくないようです。
そんな声をご紹介します。

「大人でいることは最悪だけど、学校時代に昼間から突然自分の意思に反して1マイル(約1.6km)走らされて、そのあと何事もなかったかのように1日を過ごす、そういう学校生活をもうやらなくていいことには毎日心から感謝してる」
ああ、確かに子供時代、なぜかやたら無理やり走らされていましたね。ほぼ強制的に。
それを地獄のように感じていた人々もきっと多いはず。
大人になっても煩わしいことはたくさんありますが、子供の時に与えられる負担も結構ありましたね。
海外掲示板のコメントをご紹介します。
●運動神経は良かったけど、授業後にシャワーや着替えの時間が全然なかったせいで、体育を落第しそうになった。
↑うちはシャワーすら浴びさせてもらえなかったよ(笑)。そのまま次の授業に直行で、教室が豚小屋みたいに臭かった。
↑同じく。あの巨大なシャワー室もマジで不気味だった。
●今は仕事前に1マイル走っている。うう。やっぱり嫌だ。
●高校2年のとき、プールで何往復も泳がされた挙句、深さ3.6メートルの底まで潜って9kgの重りを持ち上げさせられた。塩素臭くて耳に水が入ったまま、そのままテストを受けさせられた。馬鹿げている。
↑うちのクラスでは、体育の後にテストがある日はみんなわざと手を抜くという暗黙の了解があった。全員でやれば目立たないし、先生も全く気づいていなかった。
↑その話を知らなかった1人だけが全力でプレーして、クラス中から天才児みたいに見られるんだ。先生が慌ててNBAに「次のレブロンが12歳で私のクラスにいる」とメールを送る羽目になる(笑)。
●中学のとき、1マイル走れと言われても実は歩いてもいいと気づいた。友達とのんびり話しながらトラックを歩いただけ。先生は怒っていたが、ルールは破っていない。
●職場でもミスをした人を抽選で駐車場1マイル走らせる慣習を作るべきだと思う。他の社員はピザを食べながら窓から眺める。
↑正直、タイム測定つきで走れるなら最高だよ。毎日でも喜んでやるね。
●1マイル走を拒否したことで、自分に自由意志があるとわかった。走らなかった、ただそれだけ。やがて誰も気にしなくなった。
思えばさまざまなことをやらされていた時代がありました。



















